判型:B4変形(182×257mm)/頁数:72/ハードカバー

定価:本体4,800円+税/発売:2009月1月16日

中里和人写真集   ULTRA

これほど暗い写真集がこれまであっただろうか。

 行くあてのない夜のしじまをさまよいながら、写真家は闇と一体となり、自然のエネルギーを引きよせ写しとめる。

 写真集をめくれば、これまで見たことも感じたこともない、不思議な闇の粒子が漂ってくる。世界で最も美しい闇溜まりとなって押し寄せてくる。

 

 

初めて夜景を撮り出したのは、1980年代の半ばころだった。 東京湾岸沿いの人気(ひとけ)のない埋立造成地に迷いこんで、アシの原っぱにすっぽり包まれ夜空を見上げた時に、自分の中から東京や日本がどんどんと消滅していく感覚を体感したのだった。

 その感覚は昼よりも夜のほうが鮮烈で、誰もいない夜の東京原野を何度も訪れるようになった。

 1990年代に入り、写真表現はモノクロからカラーへと移っていった。夜景はまだ大きなシリーズはなかったが、リバーサルフィルムに定着された夜の色調には、天然の月明かり、人工の街灯りを拾った、肉眼では見えない夜の素顔が写り始めた。夜特有の色、影、形には、昼には想像もできない新鮮な生命力が 充満していた。昼間はあたりまえの風景だったものが、夜にはまったく見たことのない、異国の景色へと変身する夜の発見があった。

 そこで捉えようと試みていたのは、それまでの日本では見かけない、夜景の持つ不思議な色彩と陰影の新しいイメージだった。

 

 偶然だったが、夜景撮影を続ける中、色や光がほとんど消えた、まるで失敗写真のような暗い夜との出会いが生じた。それは、失敗などではなく、現場に漂う闇が深く、極端に暗い夜景の臨界点で撮影された写真だった。撮影現場を思いおこすと、周りにある深い闇に紛れ、呑まれ、いつしか自分と闇の境界も朧げになっていた。

 

 数年前に、そんな暗闇写真と出会ってからは、闇を背景に浮かびあがる光や色彩の夜景ではなく、景色が消滅してしまう背景の闇へ。そして、その闇の奥から浮上してくる闇景へと興味が移っていった。

 夜の中の暗い景色へ暗闇周波数がシンクロしだすと、闇につつまれた町や森や海辺の奥に、さらに深い夜の深海域が広がっていた。

 

 ULTRAとは、光と闇の境界を超えてあるもの。夜を超えてやって来る過剰な闇の気配であり、遠い夜の記憶でもあった。そこには、写真のフィルムに定着された、世界で最も暗い闇溜まりがあった。夜のハテで蠢く、不思議で、怖くて、安らかな時間があった。放心するように暗闇に紛れていると、夜の奥から、限りなく消え果ててしまった色彩と一緒に、ザラザラとした闇の粒子が立ち昇ってくるのだった。

中里和人

なかざと かつひと

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Studio Ray since 2008